現地からの報告(64)29班

2011/06/25

06/25 13:30
24日、今日は東松島の保健センターにて余剰なOTCの引き取り作業。なんと段ボール箱15個分も!バイタルネットに持って帰ると、OTC置場が2倍になってしまった。これで今回の業務は終了。結局、調剤することはなかった。
6月で日薬の災害派遣事業の終了するため、今後薬剤師の数が少なくてもうまく回って行くよう、前班のやり方から業務をどんどん簡素化していくことが求められた。時期的な難しさというか、援助したい気持ちと、それを抑えて自立を促す必要性の間に揺れ続け、災害援助の難しさを現場で感じた3日間でした。
(報告者 戸田)

現地からの報告(63)29班

2011/06/23

06/23 22:21
23日、朝6時45分から会議を終え、バイタルネットの事務所で打ち合わせ後、今日は女川地区を回ることに。ついでに、明日の撤収作業を予定している女川総合体育館の救護所に入り残薬量を確認。結局そのまま棚卸しをすることに。女川の津波の到達高にビックリした。写真は明日の撤収に向けての棚卸し中。
(報告者 戸田)

 

現地からの報告(62)29班

2011/06/23

06/23 22:16
22日、朝8時に仙台駅近くのレンタカーに現地集合して石巻へ。地元卸のバイタルネットで前班から申し送りを受け、東松島方面、石巻市内の避難所を回り、OTC の配達と聞き取りを行った。業務終了後、石巻薬剤師会の仮事務所で会議。明日もOTC 班に決定。写真は石巻薬剤師会仮事務所での朝のミーティングの様子。
(報告者 戸田)

 

現地からの報告(61)28班

2011/06/22

06/22 13:39
午前中に女川方面でOTC聞き取りをしました。被害の甚大さを改めて実感しました。
29班の先生方に引き継ぎして、11時にバイタルネットを出発して12:45にレンタカーを返却して解散しました。
(報告者 和田)

現地からの報告(60)28班

2011/06/21

06/21 19:41
今日はヤンマー診療所でした。ドクターの処方支援と院外処方戔の不備のチェックなどでした。開業医がかなりあいているので患者数は少なかったです。
認知症の家族をかかえて心労で眠れない患者さんがいらっしゃったりして、心のケアの重要性を再認識しました。
明日は午前中OTCの聞き取り、配達をします。九山チームの引き継ぎ後帰る予定です。
(報告者 和田)

現地からの報告(59)28班

2011/06/20

06/20 23:21
今日は8時に仙台を出発して10時前にバイタルネットに到着しました。愛媛県薬剤師会の方と一緒にOTC聞き取りでした。
ハエの発生が多く避難所の衛生環境悪化が問題となっています。OTCはほぼ充足してます。避難所の情報引き継ぎがうまくいっていない部分があってその点が問題です。明日はヤンマー診療所です。
(報告者 和田)

現地からの報告(58)27班

2011/06/17

06/18 0:14
17日は午前中は牡鹿半島入口辺りの荻浜地区を巡回しました。このあたりは仮設住宅の目処もたってないので中学校を中心に避難生活は続く様子でした。
医療自体は巡回バスがきて、日赤まで連れていってくれるため緊急性はありませんが、衛生面(トイレ、食中毒など)ではやや指導が必要に感じました。
石巻地区の避難所で食中毒が出たりしてるみたいで、ラジオで手洗い、消毒の励行、生モノは取っておかないなどの放送が毎日あると言われていましたが、手洗いの仕方などはあまり徹底されていない印象でした。
14時前に石巻を出発、16時頃に仙台にてレンタカーを返却し、業務終了いたしました。
(報告者 伊藤)

現地からの報告(57)27班

2011/06/15

06/15 23:54
6月15日は10時前にバイタルネットへ到着。
今日は、東松島市や石巻市の避難所にOTCを配達、また回収、衛生面のアセスメントなどの活動をしました。 17時に活動終了です。
明日もOTC業務です。
(報告者 伊藤)

現地からの報告(56)26班

2011/06/14

06/15 1:00
本日、薬剤師16名でミーティング。後各担当部署に分かれて活動。九州山口班は女川と東松島を担当。
道が悪く、まだ医療チームが入れていない大浜、月浜エリアの避難所の衛生状況等確認した。
避難所は徐々に減ってきているが、それでもまだ石巻エリア内に100箇所以上残っている。薬は行き届いているところと、そうでないところで差があるため、回収と配達を平行して行っている。
(報告者 藏田)

現地からの報告(55)26班

2011/06/13

06/14 0:57
薬剤師会本部はお湯、シャワー使えます。 飲食店営業しているので食料は心配要りません。 寝袋や毛布も若干用意してありますが、人数分はないかもしれません。
06/13 20:16
本日石巻に入り、バイタルネットでミーティング後に避難所4箇所巡りました。 今は夜のミーティングです。
(報告者 藏田)

現地からの報告(54)22班

2011/06/01

06/01 14:27
6月1日、朝8時30分から本部にて規模を縮小してのミーティングへ参加。その後、小原木中学校へ移動。
奈良県薬は撤収のため横浜医療チームと調剤。午前中に23班へ引き継ぐ。支援は次第に縮小し地元へスライドしていく模様。
(報告者 河田)

現地からの報告(53)22班

2011/05/31

05/31 17:18
5月31日、 朝9時から気仙沼中学校でミーティング。
本日中学校から撤退するため被災者の皆さんに挨拶をし午前中は調剤。駆け込みで皆さんが診察を受けられ慌ただしかった。カンファにて水痘が流行りつつある。午後から中学校の備蓄医薬品を撤収。PCATの方々に挨拶し別れたあと仕分け作業に追われる。その後本部に戻り東京都薬の方と申し送り事項と打ち合わせにて終了。これからは暑くなってくるので衛生面に気をつけることが必要。
写真は撤収後。
(報告者 河田)

現地からの報告(52)22班

2011/05/30

05/30 19:35
5月30日、大雨降りしきる中なんとか気仙沼に到着。結構寒い。
DR、薬剤師、看護師、保健師でのケアカンファにて保健師より被災者の心の病が増えていると。ケア継続が必要。午後より調剤開始。17時終了。
気仙沼中学校でのPCATは明日の昼までで終了のため写真の医薬品は撤収の予定。
(報告者 河田)

現地からの報告(51)21班

2011/05/30

05/30 14:02
今日はK-WAVEで午前調剤業務をしました。今22班と引き継ぎが終わりました。今から東京に帰ります。
(報告者 伊藤)

現地からの報告(50)21班

2011/05/29

05/29 22:56
29日の活動報告です。昨日と同じメンバーで大島で活動しました。今日の処方箋枚数は25枚でした。全て院内処方です。
今学校、施設あわせて18の場所で診察を行っていますが、5月末に8ヵ所の場所で診察を終わります。
(報告者 伊藤)

現地からの報告(49)21班

2011/05/29

05/29 20:49
28日の活動報告です。今日は大島で聖マリアンナ医科大学の方達と東京から来られた薬剤師の方と調剤業務をしました。今日の処方箋枚数は29枚で全て院内処方でした。 前と比べて大分通れる道も増えてきたそうです。
大島は今月の30日でボランティアの派遣を終わります。
(報告者 伊藤)

現地からの報告(48)21班

2011/05/27

05/27 19:17
今日は午後から気仙沼のすこやかに着いた後、K-WAVEで仕事の引き継ぎをしてきました。 K-WAVEは6月で引き上げるので、今はなるべく院外で処方してもらうようにしていました。
(報告者 伊藤)

現地からの報告(47)20班

2011/05/26

05/26 22:16
5月26日。昨日同様に公衆衛生に力を入れる活動へ。方向性としては、被災者を早く自立させるための支援へ。
(報告者 徳永)

現地からの報告(46)20班

2011/05/25

05/25 18:43
5月25日。私が派遣先になった湊小学校の仮設診療所は、二階に診療所。二階~四階まで被災者が住んでいる。
本日の調剤件数は26件。比較的ゆっくりな業務活動であった。これからの目標を調剤業務から公衆衛生に切り替え活動人数を公衆衛生に増やして行く予定。ハエ等の虫の発生について、駆除の依頼が多くなって来ている。
(報告者 徳永)

19班最終報告(45)

2011/05/25

05/25 12:06
最終日の報告です。
8時より「すこやか」での全体ミーティングの後「ケーウェーブ」に移動し、9時半より診療開始。最終日は、午前中で十数名の診療が行われました。
12時ごろ次班メンバーが到着したため、引継ぎを行い14時に気仙沼を出発。その夜、東京にて19班メンバーで各地の報告会を行いました。
南三陸は、仮設のコンビニが建つなど徐々に復興に向かっているとのことでした。ベイサイドアリーナの仮設診療所は土日は休診日ですが、平日の一日の処方せん枚数は100枚を超えるとのこと。
石巻は、一部地域では保険診療が通常通り行われるようになっており、状況は日に日に変化しているとのこと。粉塵などによる鼻炎や、風邪などの急性疾患の患者さんが多かったそうです。気仙沼と同様、ボランティア活動は縮小傾向にあるとのことでした。
補足…どちらの地区も寝袋必須とのことでした。
今回短い期間で自分がどれだけ役に立てたかは わかりませんが、ボランティア活動に参加させていただいて良かったなと今は思っています。
(報告者 岡本)

現地からの報告(44)19班

2011/05/24

05/24 20:01
日に日に業務内容の変更あり、これからの目標は調剤業務から公衆衛生を含めた環境管理の強化へ。
調剤薬局がかなり開業され、地域活性化のため派遣先の渡波小学校では70%強は院外処方せんになる。
(報告者 岡本)

現地からの報告(43)19班

2011/05/23

05/23 21:38
本日も8時より「すこやか」での全体ミーティングの後「ケーウェーブ」に移動し、9時半より診療開始。
今日は、午前は20名、午後(基本的に診察時間は9時半~11時半)は5名でした。
院内処方12枚、院外処方11枚 という内訳でした。
(報告者 岡本)

現地からの報告(42)19班

2011/05/22

05/22 20:42
今日は8時より「すこやか」での全体ミーティングの後「ケーウェーブ」に移動し、9時半より診療開始。
患者さんは19名。薬の処方があったのは17名でした。今日は日曜日なので近隣の調剤薬局が休業という事もあって、院内処方が16名、院外処方が1名でした。
現在ケーウェーブの診療は縮小傾向にあり、6月上旬より週3の診療、6月下旬より週2の診療になるとの事でした。
(報告者 岡本)

現地からの報告(41)18班

2011/05/22

05/22 12:33
最終日、午前13時まではケイウェーブで調剤したり、こころのケアチームの診察に参加させてもらいました。その後引き継ぎを行い東京へ向かいました。20時に到着しました。帰りの高速道路は行きと異なり宮城県はデコボコしていたので注意が必要でした。
気仙沼は6月より医療チームを減らしていくそうです。
(報告者 米北)

現地からの報告(40)19班

2011/05/21

05/21 21:03
予定通り4時半にホテルを出発。首都高に乗って東北道に入り6時頃 大谷PA、8時頃 国見PAにて休息後11時半頃 気仙沼市健康管理センター すこやかに到着。
前班リーダー田代先生の引率で、ケーウェーブに到着後、山口県薬 米北先生の引き継ぎを受け 午後からそのままケーウェーブ勤務となりました。
(報告者 岡本)

現地からの報告(39)19班

2011/05/20

05/20 22:55
出発前に関東地方で地震がありましたが新幹線のダイヤに影響は無く、新山口駅を11時6分に出発して15時33分に東京駅に着きました。
ホテルJALシティ四谷東京に16時ごろに着き、そこから徒歩5分の日薬会館にて日薬事務局部長の西川さんに明日からのボランティア活動の概要の説明を受けました。 その最中も地震があり数分間の揺れを感じました。
その後、18班の宮崎県薬の田代先生と連絡を取り、気仙沼の現状を把握。明日は12時に気仙沼に着くよう4時半に東京を出る予定です。
(報告者 岡本)

現地からの報告(38)18班

2011/05/19

05/19 20:40
3日目、本日はケーウェーブで横浜の医療チームに合流し、診察を行いました。
25人受診し、すべて再診の方でした。慢性期の処方は基本的に院外にしています。院内では12枚調剤しました。 仕事内容は医師と一緒に患者さんを診て、必要であれば処方支援を行ったり、調剤したりしています。
(報告者 米北)

現地からの報告(37)18班

2011/05/18

05/18 21:18
五時に東京を出発し、気仙沼に12時に着きました。高速道路はおおよそ修復されてスムーズでした。
すぐに引き継ぎを行い、そのままKウェーブという避難所にある診療所の配属になり、活動しました。
(報告者 米北)

現地からの報告(36)

2011/05/16

05/16 11:43
15日もK-WABEで活動。この日は横浜医療チームに加え、千葉医大より外科、内科のDrチームが加わり、診療室を仕切りなどで改造して3診療制に。
こちらでの活動は午前までで、本部に戻り次の班と引き継ぎ。気仙沼を出発して夜9時半に東京着。その後石巻、南三陸の班と合流。情報交換をおこないました。気仙沼の色々な医療関係者間の連携は他になく、そのシステムはぜひ今後の災害医療に生かされるべきと感じました。16日今は新幹線で山口県へ向かっています。
(報告者 山根)

現地からの報告(35)

2011/05/14

05/14 22:08
16班 4日目 本日もK-WAVEと言う大きな避難所で終日活動。
本日は、横浜の医療チームによる常設の診療所の処方せんだけでなく、市内巡回の心のケアチームの精神科医や、避難高齢者の体力低下とリハビリについて調査に来ていた山形大学の医者の処方せんの受付もありました。本当に色々な医療関係者がかかわりあいながら、復興支援を行っています。
(報告者 山根)

現地からの報告(34)

2011/05/13

05/13 22:56
16班 3日目 朝8時より気仙沼全体の医療ボランティアのミーティングに参加。
その後前日に引き続きK-WAVEと言う大きな避難所で終日活動。現地の医療施設に再び患者さんに戻って頂くためボランティアの医療活動は縮小中のため、診療は午前のみ。処方せん枚数21枚。急性疾患の患者さんは、診療所内で、慢性疾患は院外処方となる。その他、OTC配布、医薬品の補充などを行う。
(報告者 山根)

15班最終報告(33)

2011/05/13

05/13 00:54
最終日の報告です。
5月12日夜中の地震にも慣れて来た三日目(何故か三日間共am2~3時に地震がありました)も5時30分起床し6時に宿泊地を出発。
7時前に『すこやか』到着。8時より全体ミーティング中離任の挨拶を済ませミーティング終了後お世話になったスタッフ・他チームに挨拶をし本日の活動場所ケーウェーブへ。
現地で横浜チームと現場スタッフでミーティングを行い診療開始。横浜チームには薬剤師同行の為、ピックアップと投薬を行う。12時に次班4名が到着し現場で引き継ぎを行い13時半に気仙沼を出発。
東北道を南下し、途中事故渋滞に遭うも無事東京に到着。
(報告者 天艸)

現地からの報告(32)

2011/05/12

05/12 21:04
16班、 2日目 朝4時半に東京を出発し、11時半には気仙沼に到着。医療本部すこやか に向かうが、そのあとすぐ前班との引き継ぎのためK-WAVEと言う大きな避難所へ。
私はそのまま、そこの担当となり午後からそこで業務することに!そこで横浜大学市民医療センターの医療チームに加えていただきました。基本的に現地復興のため、ボランティアは縮小傾向とで診療は午前だけで午後は落ち着いているので在庫リストの更新をおこないました。最後は医療チームがみんな集合して、大規模なミーティングがありました。
(報告者 山根)

現地からの報告(31)

2011/05/11

05/11 22:18
16班、1日目 大雨で多少ダイヤ乱れるものの、新幹線で無事東京に到着。5時より日薬で打ち合わせ。その後16班全員で食事会。情報交換をおこないました。
今回より、前班との申し送りを宮城県薬でなく、各々の活動拠点で行うことになり気仙沼班は一番遠い事もあり朝4時半出発になりました。そのため明日の朝食などホテル横のコンビニで購入しました。細々としたものは東京で十分用意できます。
(報告者 山根)

現地からの報告(30)

2011/05/11

05/11 20:14
5月11日、5時30分起床。6時に宿泊地を出発。コンビニで昼食を買って『すこやか』へ。
8時より全体ミーティング。本日、聖マリアンヌチームに同行で大島へ渡る為ミーティング途中に席を離れ出発。8時30分フェリー乗船。
大島到着後、大島公民館で区長を交え現地ミーティング。ミーティング終了後大島中学校の保健室で診療開始。15時までに31名+往診4名の調剤。ほぼ慢性疾患のdo処方。お薬手帳使用率8割と高く有効利用されてます。
16時30分に『すこやか』へ到着後、全体ミーティング。明日の為の医薬品ピックアップし18時に業務終了。
昼食は時間の開いた者から、立ったままおにぎりを食べる。と言った様子。
(報告者 天艸)

現地からの報告(29)

2011/05/10

05/10 21:34
5月10日の報告です。
明け方強い雨の音と地震で目が覚める。
5時過ぎに起床し6時前に宿泊地を出発。気仙沼ベースの『すこやか』へ向かう。途中コンビニで朝食・昼食を買う。
8時に全体ミーティングがあり8時半に出発。同行の沖縄県薬剤師会・立野先生は本吉Hpへ。天艸はPCATと共に気仙沼中へ。
気仙沼中は学校の半分が避難所、半分は通常の学校として使われ校庭には仮設住宅が建てている最中、隣にある小学校は体育館のみ避難所となるが校庭は自衛隊が炊き出し・医療班などで使用。
活動内容は、仮設診療所での調剤、避難所のOTC管理及び注意事項の申し送り。17時まで診療があり、その後『すこやか』へ戻り全体ミーティングに参加。18時に宿泊地へ向かう。
天気は日中晴れ。気温は朝11度最高22度と爽やかな1日でした。
(報告者 天艸)

現地からの報告(28)

2011/05/09

05/09 21:14
5月9日、 朝6時に東京を出発し、途中昼食をとって12時に宮城県薬到着。
14班と引き続きを済ませ13時半に気仙沼に向けて宮城県薬を出発。 東北道を北上し福島県に入ると、所々で段差やうねりがあり速度などには注意が必要です。
17時前に拠点となる『健康管理センターすこやか』到着。17時からの全体ミーティングに出席。
18時30分にミーティング終了後『すこやか』を後にして、宿へ向かう。 気仙沼市内から小1時間の所の宿で、昔ながらの旅館です。付近にはコンビニもあり品揃えもまずまずで不便しません。風呂にも入れ先発隊の先生方や同班の石巻・南三陸チームには申し訳ないくらいです。 万全を期した準備もほとんど必要としないほどです。
朝はラッシュの恐れがあるとの事で6時出発の予定です。
(報告者 天艸)

12班最終報告(27)

2011/05/05

05/05 16:23
12班 気仙沼 三日目
12時に宮城県薬集合なのだが、気仙沼からは2時間以上かかるため、8時から本部の会議に出た後、そのまま撤収。11時半に宮城県薬に到着。南三陸班と石巻班、そして13班が到着して申し送り。これで役目は終了した。帰りの夜の首都高の暗さに驚いた。駅のエスカレーターもほとんどが停止。
(気づき)
宮城県薬剤師会の名前の入った緑色のジャンパーが配布される。既に中止となった日薬学術大会スタッフ用だったらしい。九州の他県はベストを作成していて、その上に着ていたが、ウチはカブッているため、山口県薬のオレンジのジャンパーで通した。どこに居ても目立っていたと思う。
震災後二ヶ月近く経つが、自分達が見てきたものが、被災地のほんの一部であることに気が遠くなる。医療援助体制は見直されながら、まだ先は見えない。
写真は宮城県薬3F 義援医薬品集積所と、気仙沼地区本部「すこやか」の医薬品置場。
(報告者 戸田)

現地からの報告(26)

2011/05/02

05/02 22:54
12班 気仙沼 二日目
北海道薬の皆川先生が加わって四人になった気仙沼チームは、吉田先生(長崎)が市役所の救護所、後の三名は大島を担当です。吉田先生は昨日と同じ医療チームに同行し市役所の診療所へ。平日であり市役所に来られる住民の方も多く、26名の受診があった。自閉症の子どもさんの薬を取りにこられたお父様、気をはりつめて仕事されてる職員さんなど、精神的な訴えのある方もおられた。待ち時間にお話ししたりして現地でのなまの状況を聞く事ができた。だだ聞いてるだけであっても、少しでも心の発散になればいいのかなあ、という思い。これからは、心のケアがますます必要だと感じる。専門家のケアだけではなくひろい意味での。
大島へのフェリーは桟橋ごと港に転がっているため、広島の江田島フェリーが貸し出されていた。強風でフェリーが欠航となり別便が用意されたが、今日は帰れないこともあり得るということで、勤務先の薬局が被災されながら手伝いに来られていた医療事務の方三名とは残念ながらそこでお別れ。今日は大島小学校を聖マリチームと岩本、近隣の大島医院を葛西脳神経外科チームと戸田、 皆川先生が担当。大島医院は院長が不在につき臨時にチームが入るものであったが、休み明けということもあり103名を調剤。午後も待合室が一杯で 4時の帰りの船には間に合わず5時のフェリーで帰ってきた。前日が雨だったせいかゴーグルは結局使用せず。昨日の報告と違うが気仙沼も大島も、電気水道携帯全て問題なし。医療チームにすっかり溶け込んで、帰るのがはばかられる。特に聖マリのドクターで気仙沼が地元の小野寺先生にはいろいろとお気遣いいただき、感謝しきれない思い。元気をもらうばかりの気仙沼滞在でした。明日は朝のミーティング出席後、宮城県薬に戻ります。
写真は大島港と大島医院の中の薬局。
(報告者 戸田)

現地からの報告(25)

2011/05/01

05/01 23:26
1日の報告です。気仙沼はライフラインに問題なくコンビニ、外食OK。離島の大島は水道のみ難あり。
朝の薬品払い出しに対応するため7時半に本部の「すこやか」へ。昨晩、宮城県薬から北海道薬の皆川先生が合流する旨連絡あり、皆川先生は東京・神奈川の医療班と共にKウェーブ担当に。大島担当の戸田、岩本は8時からのミーティング途中にフェリーの時間となり中座し、気仙沼港で聖マリチームに合流して出発。役場に寄った後、避難所である大島小学校の保健室に設置された救護所へ。診察開始前に避難者の皆さんと共にラジオ体操とニギニギ体操?で1日が始まる。先陣が段ボールで手作りされた薬品棚のお陰で在庫の把握がしやすい。患者は1日19人中処方16人。明日が忙しそうなので不足しそうな薬は早めに本部に連絡し調達を確保。昼食は聖マリチームからカレーをいただく。宿泊は都合によりバイタルネットから気仙沼駅近くの「かどや旅館」に変更。
明日も聖マリチームと大島小学校担当だが、引き継ぎで看護師二人が抜ける為、医師二名と薬剤師二名、事務一名で明日1日を頑張ることに。気仙沼チーム吉田は、一人東京の立川相互病院の3人と、気仙沼市役所の診療所へ。午前中は別のチームが入ったので、空いた時間に、陸前高田市へ足を伸ばす。市役所の診療所は日曜日ということもあり、午後からは3人が受診。時間に余裕がありすぎて、もったいない感があり。
(報告者 戸田)

現地からの報告(24)

2011/04/30

04/30 21:19
気仙沼チームは戸田、岩本先生(熊本)、吉田先生(長崎)の三名で宮城県薬で11班の申し送りを受けた後、2時間あまり走って気仙沼市健康管理センター「すこやか」に到着。薬品の備蓄状況を確認しつつ、次々に帰ってくる医療班が求める薬品を払い出しました。
先発の先生方から申し送りを受け、宮城県薬の島村先生からの状況説明により、明日は戸田、岩本が聖マリアンナチームとともに大島へ、吉田は気仙沼市役所に設置される救護所を担当することになりました。
17時からのミーティングでは、本吉病院のスタッフが不足していることが報告され、そちらへ行くことが求められることもありそうです。明日から頑張ります。
(報告者 戸田)

現地からの報告(23)

2011/04/29

04/29 22:45
12班の戸田です。19時からホテル横の店で顔合わせ&打ち合わせ終了です。熊本、長崎の先生の三人で気仙沼を担当します。GW渋滞を避けて5時出発なのでさっさと寝ます。
(報告者 戸田)

現地からの報告(22)

2011/04/28

04/27 最終日
2日間女川町立病院で業務してヘトヘトです。でも、なんだかやり残した気持ちがあります。1週間くらい病院に泊まり込んでお手伝いしたかった。 朝7時半から近隣の避難所にOTCを届けて10時には宮城県薬剤師会へ向け出発。 12時半に宮城県薬剤師会を出発し17時半に東京の日本薬剤師会に到着。 途中、カーナビの地図情報が古いせいか、何度も案内にだまされました。 お疲れさまでした。
04/26 女川町立病院2日目
女川町立病院での業務二日目です。今日は薬剤師7名体制ですから昨日よりはうまく仕事が運びました。 薬局長と受け入れ薬局薬剤師(二人とも被災者です)、それに系列病院(新潟県の病院)から一人、病院薬剤師会から二人、日薬石巻班から二人です。 手書きカルテで調剤、手書き薬袋、投薬説明時には誕生日の確認です。 初顔合わせでいきなり仕事を初めても上手に分担して業務をこなせました。 昼食時以外は処方医への疑義照会時だけが休憩時間でした。
風呂には入れないのでアルコールティッシュAgプラスが便利です。あと、サバイバルナイフのようなものがあればリンゴなど食べるときに役立ちそうです。
04/25 女川町立病院1日目
被災地で朝をむかえました。夜中はみんな疲れていたのでしょう、そこらじゅうで「ぐぅーぐぅー」いびきがひどかったです。
5時過ぎに起床し6時45分からのミーティングに間に合うように朝食です。紙コップはありますがマグカップは用意しとけばよかったです。
7時に女川町立病院に出発です。 8時に女川町立病院に到着し、9時前から調剤を開始する。午前中は139枚を6名の薬剤師で調剤し13時に午前の部は終了。13時半から午後の部開始し55枚を7名で調剤し15時半に落ち着く。棚に薬品を補充、薬袋を準備して17時に業務終了。今日は月曜日なので患者さん多かったそうです。23時過ぎに就寝準備。疲れました、そろそろ寝ます。
04/24 活動1日目
初目、6時すぎに東京を出発し11時20分に宮城県薬に到着。30分からミーティング、引き継ぎをすませて50分に石巻高校へ向かう。途中車内で昼食をすませて13時20分に到着。
本部には食事、ペットボトルの水が潤沢にありました。おにぎりも被災者用の残り物を大量に分けてもらえているようす。
桜は満開で随分暖かいです。Tシャツ二枚重ねにフリース、その上に宮城県薬スタッフジャンパーで暑いくらいでした。カイロは必要ないです。電気、水道、トイレの心配はいりませんが、風呂はありません。メモ帳、ボールペンと首から下げる名札入れが重宝しました。荷物はやっぱり少なくしたほうがよかったです。
19時半から夜のミーティングがあり、明日は6時45分から朝のミーティングです。
04/23
今東京行きの新幹線です。新山口駅で総合医療センターの三好先生にあいました。わざわざ見送りに?なんて思ったら、おんなじ新幹線に乗って大阪へ行かれるようです。
荷物が重くてへこたれそうです。いきものがかりを聴きながら景色を眺めています。快晴ですが心はもやもや、車内ニュースでは関東はしか急増。
東京到着。先ほどミーティングを兼ねた食事会が終わりました。今回のメンバーには第一班でいかれた方がリーダーなので心強いです。明日は無事に宮城に着けるよう寝ます。やっぱり荷物多すぎた気がします。
04/22 出発前夜
総合医療センターの有間です。明日から東京へ向かいます。
装備品ですが、今から準備します。とりあえずTシャツ、パンツ、ソックスを3セット買いました。抗菌、消臭仕様です。着替えは5日分くらいと、あとは特別に持っていくのはヒビソフトの試供品、アルコールティッシュ、ホッカイロくらいでしょうか。荷物が一杯あるのにリュックが寝袋で一杯になったので困ってます。
先ほど先発隊の渡邊先生から定期連絡が入りました。先発隊からの情報はたいへんありがたいです。
(報告者 有間)

現地からの報告(21)

2011/04/24

04/24 14:21
4月23日、今日も引き続き女川町立病院を回りました。浸水を避けるために坂道を走行。しかし雨のため一部浸水が見られました。
今日も午前中は調剤がメインでした。どんぐり工房の菅野先生が来られて一緒に仕事をさせてもらいしました。調剤棚が届いたので午後は配置換えをしました。少し整理されてきた感じです。
震災時の状況を被災者の先生方からお聞きして、実際に津波に襲われた一階部分も見せてもらいました。
残り明日半日になりましたが、少しでも貢献できたらと思います。
4月24日、石巻高校避難所
鰐陵会館二階
AM9時~10時 80名ぐらい収容。ちょうど風呂に行かれている方々もいて、実際は半数程度。実際に部屋の中に入って1人1人ニーズを聞きながらOTCを渡しました。 部屋は畳の間。仕切りもなく、1人が風邪をひくとみんなにうつるような環境でした。
良く払い出した薬:咳止め、トローチ、かゆみどめ・みずむし(塗り薬)、リップクリーム、風邪薬、点眼薬、胃腸薬(漢方薬、H2ブロッカー等)
その後宮城県薬に移動。第10班有間先生達に引き継ぎ、東京に戻っているところです。
(報告者 渡邊)

現地からの報告(20)

2011/04/22

04/22 17:54
4月22日、今日は女川町立病院を回りました。
朝7時出発。道中は浸水していて道もでこぼこしていて大変でした。満潮の時間は通れなくなるようです。 到着後は外来患者の調剤を行いました。カルテがきて見ながら調剤を行います。同じ製品や規格がなくても適宜ジェネリック等に変更して調剤を行います。
本来の薬局は一階にありましたが浸水したため、二階に外来・薬局が移り、段ボールなどで上手に薬品管理棚をつくっていました。 分包機はリースされていたので1包ずつ薬包紙で包むことはありませんでした。
大体190名ぐらいの外来患者が来ましたがほぼトラブルもなく仕事を終えました。 明日も1日頑張ります。
(報告者 渡邊)

現地からの報告(19)

2011/04/21

04/21 19:07
4月20日(水)午後7時にJALシティ四谷に到着。早速顔合わせあり。みなさん志が高い先生方ばかりで士気が上がります。
4月21日(木)午前6時に出発。途中2回休憩を行い、渋滞もなく午前11時に宮城県薬に到着しました。引き継ぎを終え石巻高校へ。午後1時過ぎに到着です。
今日は敷地内にある診療所の在庫管理をしました。 思った以上に被災しています。拠点は会議室で水道も食糧もあります。 仕事は主にOTCを持っての避難所まわりと調剤業務の2つに分けられるそうです。今日は早めに休んで明日に備えたいと思います。
(報告者 渡邊)

現地からの報告(18)

2011/04/20

04/20 17:05
昨日夜より降りだした雪で、本日活動できるかどうか心配でしたが朝には雪もやみました。しかし、非常に寒いです。
本日は石川の杉本先生、河崎先生、高知の野田先生と女川原発の近くの女川町立病院での活動でした。調剤が主な仕事です。薬はなんとかそろっていますが、薬袋が足らない状態です。
本日は150人くらいの患者さんでしたが、週に二回巡回バスがくるので、その時は患者数も増えるみたいです。
(報告者 石田)

現地からの報告(17)

2011/04/19

04/19 16:10
4月17日に東京着。気仙沼行きの予定が急遽石巻になりました。18日に石巻入り。到着するなり、診療所に行ってくれとのことで、すぐに現場に。しかし、すでに診療は終わって、ミーティングのみ参加。
本日より本格的に開始。 ヤンマーの会社の二階を間借りして(一階柱を残しては完全に壊滅)、仮設診療所をつくりそこでの診療でした。 午前中は産業医大のチームと組んでの仕事。慢性期から小児喘息、嘔吐下痢の患者さんの対応。午後からは佐賀薬剤師会の新井先生と診療所の照会(仮設診療所があることを知らない方もたくさんいるため)とOTCの配達補充をしました。
今日より雨で寒さがぶり返しています。
(報告者 石田)

現地からの報告(16)

2011/04/17

04/17 14:41
5月1日でアリーナ診療所は閉鎖予定
5月2日から 志津川病院分所(アリーナ前)で本診療開始予定
6月1日より保険扱い
近隣 避難施設は5月14日までの予定 ただし 医薬品供給体制の不明の為協議中
(報告者 灘)

現地からの報告(15)

2011/04/15

04/15 17:35
ノロウイルスは減ってきてるそうです。
04/15 17:14
イスラエル医療チームの撤退したプレハブ後に志津川病院が開院しました。また電気が通って凄く明かるいです。
(報告者 灘)

現地からの報告(14)

2011/04/14

04/14 18:16
本日も昨日と同様に朝8時からDMAT会議に出席し、戸田先生と共に9時から16時まで鹿折中学校の診療所で医療チームと共に活動を行いました。
仕事内容も同じく調剤や在庫整理等です。処方箋枚数は17枚で昨日より少なく、現地の診療所への受診を促す形が促進されつつあります。今日で活動は終わりになります。明日は宮城県薬によって帰ります。
(報告者 久野)

現地からの報告(13)

2011/04/13

04/13 17:12
今日は久野先生と鹿折中学校の保健室にて山形県と横浜の医療チームと診療の手伝いをしています。処方箋は今のところ30枚ぐらいきてます。
(報告者 戸田)

現地からの報告(12)

2011/04/12

04/12 21:11
朝6時に日薬を出発して昼に宮城県薬で引き継ぎ、4時に気仙沼に着きました。道路事情は大丈夫でした。
東京都薬の武田先生に連絡をとり明日よりDMATの会議に出席して明日の勤務先を決めてもらいます。電話は久野先生含めて2台引き継ぎました。明日から頑張ります。
(報告者 戸田)

04/12 17:17
本日は戸田先生と一緒に派遣先の気仙沼に16時頃に到着しました。
DMAT会議の行われる会場と宿の確認を行い明日から活動を開始します。
(報告者 久野)

現地からの報告(11)

2011/04/08

04/08 10:49
宮城県薬剤師会到着
04/08 10:13
仙台から先は通行止めになっていますが、取りあえず、宮城県薬剤師会には行けそうです。
(報告者 奥村)

第4班 最終報告

2011/04/12

04/12
≪活動状況≫
地方の卸(バイタルネット)にて、寝袋で寝る生活は、日常業務で当直をして慣れている自分としては問題ないと思っていました。しかし、今回は余震で何度か起こされることがあり、やはり怖さはありました。
聖マリアンナ病院のD-MATチーム(医師2名、看護師2名、事務1名)と気仙沼の離島の大島へ船で渡り、内科医師と共に調剤を中心に業務を行いました。定期の不足分や花粉症、軽度な怪我等が中心であり、限られた医薬品で調剤するのは今までの知識と経験を活用する良い機会で医師と処方設計しました。また、手帳ある方はおられず対応がスムーズに出来にくい状況でしたが、薬袋に医薬品名を明記し次回受診時に持参してもらいました。改めてお薬手帳の有用性を認識しました。 体育館に避難所にも出向き、往診したことが一番印象に残っています。
気仙沼以外の町を通行する機会があり、現場はテレビで見るより悲惨で復興までは相当の時間を要します。まだまだ薬剤師を含めた医療従事者の活動が求められていますので、少しでも関心がある方は参加をお願いします。
(報告者 佐藤)

現地からの報告(10)

2011/04/06

04/06 16:38
本日も、大島で活動。
朝のDMAT会議で、気仙沼薬剤師会武田薬剤師の友人の岩瀬薬剤師と合流し、調剤業務と引継ぎをしました。
明日からの空白期間を岩瀬先生に埋めていただきます。
(報告者 三吉)

現地からの報告(9)

2011/04/05

04/05 17:03
三吉、佐藤の二人は聖マリアンナ医大DMATチームに帯同し、大島の避難所にて診療所の調剤と、体育館への診察に同行しました。
10時~14時の診察時間で30人程度の患者数でした。
17時からDMAT会議に参加して、本日の業務が終了します。
(報告者 三吉)

第3班 最終報告

2011/04/04

04/04 18:27
第3班の最終報告です。
気仙沼市での活動を終えて、第4班へ引き継ぎを行った。 現地の状況は医療関係においては、先日お伝えしたように慢性期に移行しつつあり、 ニーズが精神面のケアや介護等に重点をおくようになってきている。
4/4現在で少なくとも病院18施設、保険薬局14施設が機能しており、避難所での 活動は統合縮小していく方向にむかうと思われる。
今後、気仙沼地域に限っては九州・山口地区からの派遣人員を2名に縮小するが、現 地のコーディネーターの武田氏の強い要望もあり、離島である大島への派遣は継続的 に行う予定である。 九州・山口地区からの派遣は1~3班まで気仙沼・南三陸・石巻の3つの地域で継続 的に行われてきた。 今後は気仙沼(大島)・南三陸においては継続となる予定だが、 状況を見ながらまだ復旧が進んでいない地域に拠点を変更しながら支援を続けていく ものと思われる。
しかしながら、気仙沼地域において医療関係が充足方向にきたとはいえ、街自体の復 旧には相当な時間と労力がかかると思われる。
(報告者 山本)

現地からの報告(8)

2011/04/02

04/02 21:54
気仙沼班の山本です。 本日は小林先生が引き続きD - MAT に同行し、大島に入られた。
山本・西村・大森先生・吉松先生の4人は唐桑地区の避難所を回り、物資・医薬品の供給を行った。その後、南側地区にある本吉町の中上薬局にも、医薬品の供給を行い、夕方にD - MAT 本部の施設「すこやか」に戻り、医薬品の整理・払い出しを行った。
街は一部を除いて、ライフラインも復旧し、ガソリンスタンド・スーパー・飲食店等も再開し始め各物資の現地調達も可能となってきている。 余震は昨日もあったが、本日も朝と午後に震度3~4程度のものがあった。
医療関係においては、28日現在で18病院・10薬局が機能しており、4日には市民病院の門前薬局を含む4薬局も再開する。 この状況から、医療関係者の派遣は徐々に縮小に向かっている。
九州・山口からの薬剤師派遣も気仙沼地区においては、現地コーディネーターの要望も考慮しながら、大島への派遣のみに縮小方向で進めても良いかもしれない。
(報告者 山本)

現地からの報告(7)

2011/04/01

04/01 18:41
今日は、熊本県薬の小林先生がD - MAT に加わり、大島へ向かわれた。 その他の4名は午前中、武田氏と共に避難所を回り、午後からは本部にて医薬品の搬入、払い出し、配達等を行いました。
現地では、急性期から慢性期に移行しつつあり、D - MAT も撤退傾向で、ドクターも飽和しつつある印象だった。
明日は、1日避難所を回る予定です。
(報告者 山本)

現地からの報告(6)

2011/03/31

03/31 16:56
山本、西村、熊本県薬の小林先生、大森先生、佐賀県薬の吉松先生の5人が、気仙沼班となり16時過ぎに現地に入りました。
西村、山本が市民病院に、吉松先生、大森先生が避難所に、小林先生がD -MAT に配属となりました。 今からD -MAT 会議に出席して、バイタルネットに帰ります。
(報告者 山本)

第3班、現地に向けて出発

2011/03/30

03/30 21:23
11時24分に西村理事と徳山駅を出発して、東京駅に16時過ぎに到着。 ホテルにチェックインして、日薬へ。 そこで申し送りを行った。
(報告者 山本)

現地からの報告(5)

2011/03/29

03/29
朝から巡回チームに加わり、避難所4箇所訪問。慢性疾患を抱えられている患者様への面談実施の為のアポイント取得。各施設保健師さんは協力的。途中、被災した市立病院を視察。悲惨な光景。
午後は院内業務を22時まで行ない活動終了。
(報告者 内田)

03/29
小・中規模避難所周回診療チーム数が増え医薬品払い出しとその処方調剤(約50枚)に時間を費やす。 アリーナ内と周辺住民受診による処方調剤は150枚/日程度。 合計200枚/日、希望医薬品が増えてきたので、在庫管理と発注のウェートが重くなってきた。
本日は鹿児島県薬の近藤先生が徳州会医療チームTMATに終日参加し活躍されました。
イスラエル医療チームが、本日より合流。
厚生労働省医薬食品局 審査管理課 医療機器審査管理室 新医療材料専門官 東 健太郎 氏が現状視察。
19:30まだ10名程患者あり。18:00~21:00施設内の照明が点灯され、この間の調剤は非常に楽に感じる。
近畿チームが本日交代、女性1名を含む兵庫県2名と滋賀県薬1名。夜間業務の引き継ぎを行う。
(報告者 吉田)

現地からの報告(4)

2011/03/28

03/28 22:42
遅くなりましたが、状況報告です。27日は17時過ぎに石巻赤十字病院に1人派遣。そのまま23時まで調剤。各医療チームが避難所より持ち帰った処方の対応に追われる。
28日は門前薬局4件が業務開始。処方の振り分けを行った事により、院内薬局機能も徐々に回復。今後は派遣チームは外回り中心の業務に移行予定。
携帯の電波は各機種地上は良好。院内薬局は地下の為、ドコモのみ利用可能。
(報告者 内田)

現地からの報告(3)

2011/03/25

03/25 21:18
本日の活動をお知らせします。
昨日と同様に気仙沼市立病院へは、吉永哲史先生、尾崎正和の二名が行き、調剤業務を行いました。業務内容に関しては、昨日三浦先生がご連絡したものと同様の業務でした。
また、本日は三浦哲也先生が大島という離島に行かれ、活動されました。活動内容につきましては三浦先生の方から連絡されるようです。
(報告者 尾崎)

03/25 21:41
8時に保健所に集合し大島に持参する医薬品の仕分けを行った。9時10分に漁船に乗り込み、9時30分に到着。
大島は人口3200人の離島で、被災者は1割程度。ライフラインは全滅で、大島と本土をつなぐ唯一の交通手段は1日3~5回往復する定員12人の小型船1隻のみ。また高齢者が多く在宅患者が多い。
都立駒込病院は在宅を、都立広尾病院と三浦は大島小学校の保健室で診療を行う。広尾病院のスタッフは医師1人看護師3人事務1人。10時から15時まで41人の患者を診療した。
ほとんどの患者が手持ちの定期薬がなくなり欲しいと来院。しかしながら持参した薬だけでは対応できないため、代替薬の提案と用量の調節を行い、調剤と投薬を行う。しかし時間的に余裕がなくなると看護師に指示を行い、代替薬の提案の仕事が主となる。
17時に自衛隊のヘリコプターに乗り込み本土へ戻る。そして気仙沼病院にて大島に足りない薬の手配を行い業務終了。
03/25 08:42
おむつ欲しいです。大人も子供も。
(報告者 三浦)

現地からの報告(2)

2011/03/24

03/24 20:27
気仙沼病院は院外処方箋発行率が85%だが門前の四件の薬局が壊滅した。しかし気仙沼病院だけは高台にあるため被害が少なかった。周りの他の病院も壊滅のため気仙沼病院に患者が集中。院内スタッフの不足のため派遣された。
午前中は三人とも監査を担当し700枚をさばく。今後門前の復旧を4月1日を目標にしているが厳しい様子。午後は入院と臨時処方の対応と在庫整理を行った。勤務時間は8時から18時30分までで休憩は昼飯の10分のみ。午後は比較的のんびり。
明日は三浦のみ別行動でDMATに加わり離島の大島へ移動。
03/24 19:52
文房具は充足しています。医薬品関連書籍もあります。スタッフ何人かに聞きましたが、(欲しいものは)肉や寿司など食事が中心でした。
(報告者 三浦)

現地からの報告(1)

2011/03/23

03/23 19:06
14時20分県薬会館発17時20分気仙沼保健所着。泥と磯の臭いがひどい。
病院見学後宿泊先のバイタルネット(アステム系卸)へ移動。電気、水道、トイレ、ガス、電子レンジあり。風呂と食糧なし。携帯はソフトバンクは使用不可能。AUとドコモはOK。
病院の処方箋枚数は22日1200枚、23日600枚。明日から病院薬剤師は病院内の調剤。開局は搬送された医薬品の開封、仕分け、各地への配送。三浦例外で院内調剤へ。今日は仕事なく明日8時病院集合。保健所の職員への点呼連絡10時、17時の二回あり。
(報告者 三浦)

日薬を出発、現地までのレポート

2011/03/23

03/22 19:33
大分県薬二名、福岡県薬七名合流。情報が混乱し苛立ちを隠せない様子。レンタカーを三台手配し、明日の朝七時に仙台に向けて出発。運転は交代でするので免許証必要。
03/23/ 12:24
車三台(アイシス二台、ハイエース一台)にて高速を移動中。道路は部分的に崩れているが走行可能。8時にホテルを出発し13時に仙台到着予定。現時点での最低気温は一度。雪もちらほら。車三台は1ヶ月レンタルしているので、第二陣も同じと思われます。
03/23 13:12
菅生PAで最後の給油。1L149円。13km先の仙台宮城icで高速降りる。高速代金無料。
03/23 14:48
気仙沼、南三陸、石巻の三班にわかれ山口県の三名は気仙沼に配属。気仙沼市立病院で調剤を担当。
(報告者 三浦)

第1班、現地に向けて出発

2011/03/22

第一班の三浦先生、尾崎先生は宇部空港から、吉永先生は新幹線で、それぞれ出発。日本薬剤師会に集合した後、明朝7時にレンタカーで宮城県に向けて出発予定。